ジャズ初めの一歩
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ジャズ・レーベル(1) −ブルーノート−
ご機嫌いかがですか?

ここしばらく、ジャズの「曲」をテーマとした記事が続いたので、今日は視点を変えてジャズのレーベル(レコード会社)を取り上げてみたいと思います。

よろしくお付き合いください。
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1938年12月23日、「スピリチュアルズからスイングまで」と銘打ったジャズ・コンサートが、カウント・ベイシー・オーケストラをメインに据えてカーネギーホールで行われました。

そして、一人の青年がこのコンサートを聴いていたく感動し、そのわずか2週間後の1939年1月6日、自らジャズ・レコードの制作を開始しました。

青年の名はアルフレッド・ライオン、後の名門ジャズ・レーベル「ブルーノート・レコード」の誕生です。

ライオンはドイツ人で、ジャズの魅力に取り憑かれてアメリカへ移住してきたほどジャズに愛着をもっていました。

そのため、レコードを完璧なものとするため、当時としては珍しいリハーサルを録音の前に行い、それに対してもギャラを払ったといわれています。

このような姿勢が多くのミュージシャンやリスナーの共感を集め、50年代のジャズ黄金期にはジャズの殿堂としての地位を確立し、さらなるジャズの発展に寄与したのです。

ブルーノートを語る上で重要な人物がライオンのほかに3人います。

まず、ライオンの親友フランシス・ウルフ。

もともと写真家だった彼は、ライオンととともにブルーノートの共同経営に携わると同時に、自分の技術を活かしてアルバムのカヴァー写真を撮影しました。

"Jazzy"な雰囲気に満ちたこれらのカヴァーは「ブルーノート・カラー」と呼ばれ、ブルーノートの重要なトレードマークの一つとなったのです。

また、ジャケットデザインについては当時新進気鋭のグラフィック・デザイナーだったリード・マイルスが担当し、アンディ・ウォーホルの作品を使用するなどの野心的な試みによって生み出されたジャケットは、『ブルーノート アルバム・カヴァー・アート』という写真集が出ているほど、現在でもその芸術性が高く評価されています。

さて、残りの一人はブルーノートの「音」を支えたエンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーです。

ライオンは50年代の初頭から自社での録音にヴァン・ゲルダーを起用し、彼の天才的なジャズ録音の手腕と新技術への挑戦の成果として、我々がよく知っているあのパワフルで深みのある音が残されました。

制作に携わる側とアーティスト、両者のジャズに対する深い愛情とそれぞれの卓越したスキル…

その結晶が、オリジナリティと普遍性とを兼ね備えた数々のブルーノートのジャズ・アルバムなのです。

なお、ブルーノートは'63年にリバティに吸収され、追って'80年にはリバティとともに大手のEMI傘下に入ることになります。

この間に、'67年のライオンの引退、'71年のウルフの他界という大きなダメージもあり、ブルーノートはその黄金時代の幕を閉じましたが、'85年に活動を再開し、現在も“The Finest in Since 1939”というレーベルの旗印は脈々と受け継がれています。

最後に、目・耳ともに楽しませてくれるブルーノート・レーベルのアルバム3枚をご紹介して今日はお別れしましょう。

試聴曲は特に挙げませんが、各CDの情報ページでサンプルが提供されていますので、興味のある方は聴いてみてください。

ソニー・クラーク『ソニー・クラーク・トリオ』CDの画像ソニー・クラーク 『ソニー・クラーク・トリオ(Sonny Clark Trio)』

グラント・グリーン『グリーン・ストリート』CDの画像グラント・グリーン 『グリーン・ストリート(Green Street)』

リー・モーガン『コーンブレッド』CDの画像リー・モーガン 『コーンブレッド(Cornbread)』